パチプロ 廃業 3つの理由

小鳥

ボクは20代の大半をパチンコで生活してきました。

パチプロとはあまり言いたくないのですが、世間的にはそうなのだと思います。

そんなパチプロ生活とは30歳を機に縁を切ったのですが、去年の末にひょんなことから辞めた経緯(いきさつ)を振り返ることがありましたので、その時に考えた事柄を記事にしてみました。

もうずいぶん昔の事になるし、想い出というフィルターで補正されているところもあると思いますが、できるだけ飾らずに当時の心情(真情)を述べていきます。

辞めた理由は3つありました。

パチンコに飽きた

コレを言ってしまったら身も蓋もないのですが、正直なところパチンコに飽きてしまったんです。

毎日毎日、朝から晩までパチンコ屋に入り浸る生活がホトホト嫌になったんです。

同じなんですよ、やることが。

新台入れ替えの度に各メーカーからは色々な台が出ましたけど、どれもこれもが盤面を変えただけで中身(スペック)は大して変わり映えのしない模造品ばかりだったんです。

大当たり確率や連チャン率、その他のゲーム性なんかが全て同じ。

当然、ボーダーライン(千円あたりの回転数)も似たり寄ったりで、おもしろくもなんともない。

パチンコを遊びで楽しむ分には、それでもいいでしょう。

リーチアクションや盤面の絵柄(キャラクター)といった視覚的な部分さえ変われば、普通の人は十分新鮮な気持ちになれますから。

ですが、そういった視覚的(表面的)な部分ではなく中身を見て打っているパチプロ連中(特に攻略プロ)にとってはマイナーチェンジにすらなってないわけです。

まるで工場のライン作業のような単純で無味乾燥な毎日。

そんな毎日をくり返していたら普通の感覚の人なら誰でも嫌になりますよね。

それでもまだ儲かっていれば仕事と割り切って続投もしたんでしょうが、ちょうどその頃に潮目の変化があったんです。

攻略法バブルが終わった

それまでは「日当、5万円、10万円!」などと息巻いていた攻略プロたちに、冬がやって来ました。

最後の大物「CRモンスターハウス」を節目に、それまで続いていた攻略法バブルが一段落したのです。

攻略の世界というのは大ネタ(高単価な攻略法)が周期的に出たり消えたりすることで山谷のサイクルが繰り返されるのですが、その時もいくつかの大ネタが終って山から谷へと移り変わる時期でした。

パチンコそのものに飽きが来ていたことに加え、ネタ(攻略法)が細くなったことで、すっかりヤル気が無くなってしまったんですね。

ヒラで打っても生活費程度の20~30万円は何とかなったのですが、続かないんですよ、気持ちが。

キカイ(体感器)を使った攻略打ちの単価に比べると、ヒラ打ちのそれは半分から三分の一にまで下落してしまいます。

先月までは時給1000円だったバイトが「今月から300円だよ」って言われるようなものですから、ヤル気がなくなるのも無理はないでしょう。

「それでもパチンコで生活できるなら、普通に働くよりもいいじゃないか。遊んで暮らせるんだから」

そうおっしゃる方もいるかも知れません。

「いやいや、パチプロ稼業ってのは遊びじゃなくて仕事なんだよ。わかってないねえ。そもそもコンマ数ミリっていう微妙なクギの変化を見極めてだなあ、台固有のデキってのを勘定に入れなきゃ縦の比・・・」といったゴタクを並べるつもりは毛頭ありません。

プロとしての矜持とか生き様、ありませんから、そんなもの。ただの遊び人です。

ただの遊び人だからこそ続かないんですよ。

勤め人に比べたらパチンコで暮らす方がズッと楽だという均衡概念すら無いのがパチプロなんです。

そもそもそんな均衡概念があればギャンブルで食べようなんて思いません。きちんと会社に就職するなり何なりして、真っ当な人生を歩んでることでしょう。

※上の2段のパラグラフはわかり難いかと思いますので補足しておきます。

まともな均衡概念(=常識)があればパチンコで生活するなんて考えません。そういう遊び人生活が楽しいのは若い頃だけですから。なので、普通は就職した方が人生レベルで見ればお得となります。

ですが、一旦そういった遊び人を10年もやってしまったら、今度は堅気社会へ戻るのはちょっとやそっとのことではありません。その多くの場合は、そのままパチプロをやっておいた方がマシということになります。

すなわち、楽な方から並べると以下のようになります。

『最初から就職する(パチンコは遊び程度にしておく)>一旦パチプロになったらそのままでいる>中途半端なところでパチプロから堅気へ戻る』

上記のような均衡概念が前提になっての文章なのです。

人によってはそれっぽい引退ストーリーを語る人もいますが、現実はそんなカッコのいいモノではありません。(少なくともボクの知る範囲では)

「飽きちゃったし儲けも細くなったから、やーめた」

これがホントのところです。

見た目は大人でも中身は小学生という逆コナンがパチプロ(遊び人)なんです。

余談ですが、後のパチンコ攻略史を見ると、その時期を境に体感器攻略そのものが終焉を迎えてしまい次の山(攻略法バブル)が来ることはなかったようです。

(※「ようです」と不明瞭な表現をしたのは、ボクがパチンコから足を洗っていて詳細な事情には不案内となっていたからです)

今にして思えば「ちょうど良いタイミングで(パチプロから)足を洗えたなあ」ということになるのですが、これはボクに先見の明があったという事ではありません。まったくの偶然です。

※この時期の事を書いた記事がコチラの2編になります。よろしかったらどうぞ。

CRモンスターハウスに取って代わった羽根モノ・ヘブンブリッジ(西陣)

攻略プロ廃業のキッカケとなった唯一の黒星「CRモンスターハウス」

パチプロという人種や生き方に嫌気がさした

何だかんだ言ってコレが1番だったと思います。

上述した様に、ボクはパチンコそのものに飽きてしまい、尚且つ攻略業界も閑散期に入ったことでスッカリ気持ちが覚めて(冷めて)行きました。

それまではパチンコのおもしろさや攻略法での大きな稼ぎの裏に隠れて表面化しなかったんですが、実はパチプロといわれる人たちとの付き合いには強いストレスを感じていたんです。

端的に言えば、彼らの常識のない行動やモラルの低さに嫌気がさしていました。

金銭管理もマトモにできず、電気や水道を止められたり、アパートを追い出されたり、はたまた目先の小金のために平気で仲間を裏切ったり、他人を利用したり・されたりetc、とにかく真っ当な人たちではありませんでしたから。

マンガやVシネマの中では俗な世間に背を向けて生きている高等遊民のようなタッチで描かれることが多いですが、現実のパチプロというのはカッコ良くもなければ、粋でもないのです。

ただの社会不適合者

それがボクの正直な感想です。

今でこそ偉そうにこんな事を言ってるボクだって、その当時は似たようなものでしたからよくわかるんです、彼らのダメぶりが。

ですが(自分で言うのもおかしいですけど)他のパチプロ諸氏と違って自分の将来に対しての不安を抱くくらいには、まだまともな感覚が残っていました。

「今はそうでなくても、このままこんな生活を続けていたら俺もあんな風になって行くのかも知れない・・・」

当時、漠然とですがこういった不安を抱いてました。

人間は環境の動物です。

「朱に交われば赤くなる」で、いつまでもパチプロなんてやってたら自分だってそうなる可能性の方が高いのです。

そう考えると、目の前にいる彼らが10年後20年後の自分の姿とダブったんです。

「40歳、50歳となった時の自分の姿が、ああなのか」

そう思うと、居ても立ってもいられないと言いますか、どうにかしてその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになったのを覚えています。

年齢的にも29歳から30歳になるという丁度いい区切りだったのも後押しになりました。

これが後5年も遅れていたら、もう社会復帰をあきらめてそのままパチプロ生活を続けていた様な気がします。

ここら辺の感覚はパチプロとかでなくても共通の心理ではないでしょうか。

転身を図るにあたっての年齢的なハードルが、30歳を境にグンと上がって行くことを考えると、やはり良い頃合いだったんだと思います。

かくして30歳を機にパチプロという遊び人生活から足を洗った自分ですが、その後、順調に社会復帰できたかというと、そうではありません。

そこはそれ、紆余曲折あっての今になりますが、その話はまた機会を改めてということで。

長くなりましたね。

元遊び人のたわいない自分語りにおつきあい下さってありがとうございました。

この続編記事はコチラから パチプロ廃業のその後|社会復帰編その1「この10年間何やってたんですか?」

シェアする

フォローする

Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.