みんな寂しい、みんなズルイ/人生はトレードオフの連続

こうやってブログやツイッターに思うことを吐き出すのって、ストレス解消になるんですよね。

誰が聞いてくれるわけでもないし、返事があるわけでもないんですが、ただ吐き出すだけでかなり気持ちが楽になる。

ボクはそうなんですが、みなさんはどうなんでしょうか?

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現代は一人ぼっちが基本

昭和の時代はなにかと集団行動が要求されて、人と一緒に居ることそのものが〇で、一人ぼっちで居ることは×だという空気がありました。

例えば学校の登下校でさえ近所の地区の子供は一緒に班を作らされて、一緒に登校してましたから。

何から何まで集団行動。他人と一緒。

みんな、そういうのに息苦しさを感じていたはずなのに誰も文句を言わなかったんですよ。

不思議ですね。

ところが、時が流れて平成になると事情が一変しました。

※正確にはバブル経済が終息した1990年に、雇用制度が変わったのがキッカケ。

アメリカほどではないでしょうが、日本社会も個人主義が〇の世の中になったんですから、世の中の空気なんていい加減です。

家族主義的な会社の絆は否定され、あくまでも賃金と労働力のトレードオフというのが会社の存在意義となったんですよね。

人と人とのつながりも、面倒な関わりは避けて表面的なものへと変化しました。

その結果、確かに個人の時間が増えて煩わしいことも少なくなったとは思いますが、反面(勝手なもんですが)孤独に悩む人も増えてきたのではないでしょうか。

くっ付きたがりが多い

これはボクの感覚なのですが、リアル・ネットを問わずスグに人に絡もうとする人が増えてるような気がするんです。

絡むっていうのは、文字通り文句をつける場合もあれば、普通に話しかけたり、コメントを入れたりっていう場合もあります。

ボクみたいな一人ぼっち大好き人間からすると、正直言ってツライのが本音。

誤解の無いように言っときますけど、常識的な範囲での付き合いとかネットでのやり取りはボクだってするし、大好きです。

でも、妙に馴れ馴れしいというか、いきなり距離を詰めて来る人ってのは嫌ですね。

知り合って10分で俺たち親友、みたいな。(笑)

あんた誰?って思いますもん。

ネットだと知らんふりして放っておけば、どこかへ行ってくれるでしょうが、リアルだとそうもいかない。

週末になれば飲みに行こうとか、こんど***一緒にやろうとか、とにかく断るだけで疲れる。

※ちなみに***っていうのは、その人が好きな映画や趣味なんかが入るんですが、それってボクにとっては全然好みじゃないことが多いんです。

子供ならわかりますが、いい年した大人がそうだとアレ?って思いますよ。

アレ?の後には「この人、自分一人で行動できないのかなあ」ってのがつづくんですが。

みんな、寂しくてズルイ

今のような個人主義の時代では、人とのつながりをあきらめる代わりに個々人の勝手気ままな自由を手に入れたんですから、少々の孤独は仕方がない事だと思うんですが。

結局、みんな(ボクも含めて)寂しいのが我慢できないんでしょうね。

そして、ズルイ。

人間関係の煩わしい事は嫌だけど、親友は欲しい。

働きたくないけど金は欲しい。

お金を払いたくないけど、あれやこれが欲しい。

今の日本には、こういう空気が当たり前のように漂ってる気がするんです。

でも、こんなのは通らないですよね。

なので、どこかで自分と社会との間で折り合いをつけなければやっていけない。

ボクは、一人ぼっちの寂しさは我慢する代わりに自分の自由な時間を優先させることに決めました。

今のところ、その選択は(自分には)合ってたなあって思ってます。

生き方の良し悪しや合う合わないなんてのは、人それぞれでしょうから「コレが正解!」とは簡単には言えないんですが、どんな人生を送るにしても、何らかのトレードオフ(支払い)はついて回るんだということは頭に置いておかないと後悔することになります。

アナタにとって良い人生は、アナタ自身が探すしかありません。

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